尼子山城落城 (赤穂市坂越高野地区民話)
故三上七郎氏談 一部修正 文責:佐方直陽(さがた ちょくよう)

今から400年ほど前の話です。戦国時代といって領地の奪い合いをしていた頃のことです。尼子義久という武将(軍隊の長)が、高野(こうの)の山(今の尼子山)に立てこもり、このあたりを自分の領地にしようと思っていました。毛利元就という殿様は、これが気に入りませんので、大軍をひきつれて尼子山に攻め寄せてきました。

尼子山の千種川に面したところは険しく、その東側は、尾根道がダラダラと、今の相生市佐方(さかた)の方まで続く地形です。この尾根道も狭いうえに、ところどころ途切れていました。尼子山の頂上に行くには、険しい坂道を登るしか方法はありません。

尼子義久は頂上に城を築き、まわりには高い塀をめぐらしました。そして、塀のそとには大きな石をたくさん積み重ねておき、頂上に通じる坂道には竹の皮を敷き詰めて、毛利軍を待ち構えていました。

最初、毛利の軍勢は一気に尼子山を攻めました。でも、竹の皮で足がすべって思うように歩けません。そこに大きな石が落ちてきたものですからたまりません。さんざんな目にあい失敗しました。

「何か良い方法はないか」と、毛利の軍は相談しました。すると、ある侍が、「わたくしに良い考えがある。竹の皮に火をつけたらどうだろうか。そうすれば、坂道で転ばず、火事で尼子の軍も慌てるにちがいない。そこを狙って攻めれば、城は落ちるであろう」といいました。「それは、良い考えだ」と、ほかの侍も賛成し、さっそく毛利の軍は準備に取り掛かりました。

ところが、竹の皮に火をつけると、きまって空が真っ暗になり、雨が降り出して、火はあっと間に消えてしまうのです。

「ほかに何かよい計略はないものか」と、毛利軍はまた相談をしていました。

そこへ、一人の老婆がやってきました。この老婆は、尼子山の裏の佐方に住んでいましたが、大事な息子を尼子の軍に殺されたので、尼子義久をうらんでいました。

「尾根づたいに 城まで行ける道がありまっそ」と老婆は言いました。「何を申すか、あの尾根道は狭いうえに、何箇所もとぎれているではないか。嘘を申すと、ただではすまさんぞ」

「ウンニャ、ワシしか知らん道がある。この道を教えなかったもんで、ワシの息子は尼子の兵に殺されたんじゃ」

毛利の軍は老婆を道案内にして、尾根道を調べました。老婆の言ったとうり、お城に通じる道がありました。しかも、尼子の軍はこの道に気づいていません。

毛利の軍は夜襲を計画して、大軍を尾根道から登らせました。不意をつかれた尼子の軍もよく戦いましたが全員討死にし、ついに尼子城は落ちました。

その時、はねられた義久の首は浜市まで飛んでいったということです。浜市の「尼子将軍の首塚」が、そうだと伝えられています。

佐方の老婆が道を教えたということで、その後、佐方に住む人とと高野の人は、縁組しないというほど仲が悪かったそうです。

また、毛利軍の火攻めが何度も失敗したことから、尼子山には竜神様が住んでいると噂されるようになりました。そのため、雨が降ってほしい時には、尼子山で雨乞いの行事が行われました。
----------------------------------------------------------------------------------

この民話をお書きになった佐方直陽さんのことを知ったのは、
坂越に移住して間もなくの頃、ご近所の方に誘われて、
公民館の「ふるさと歴史講座」に参加したことが切っ掛けでした。    

平成29年(2017年)2月23日(木)午後1時30分〜午後3時 坂越公民館 大会議場
演題 「ふるさと歴史再確認」  講師 坂越歴史研究会 佐方直陽氏

やっとお会いできる、そしてお話を聞かせて頂くのを楽しみにしていたのですが、、、。

受講生のみなさん、こんにちは。
今回、講和を予定していましたが体調不良のため中止させていただきます。
講座資料として配布する冊子は、郷土坂越の歴史読本です。
郷土坂越を知り、坂越を愛する心をはぐくんでいただければ幸いです。
一人でも多くの方に、読んでいただきたいと思い作りました。
平成29年2月8日 佐方直陽より

坂越元中学校長の佐方直陽さんが
2019年7月26日、敗血症のため赤穂市内の病院で亡くなった。88歳。
鳥取県出身。赤穂小、赤穂西中学校で校長を務めた。
赤穂プロバスクラブ、赤穂山鹿素行研究会の会長を歴任。
定年後に趣味の切り絵を始め、2008年に作品集「美しき坂越」を出版した。
2019年2月、瑞宝双光章を受章した。

赤穂市立有年考古館「特別企画展「佐方渚果生誕110年」報告」
<http://www.ako-hyg.ed.jp/bunkazai/unekokokan/data/syoka2012houkoku.html>

佐方直陽さんの影響でしょうね、坂越の文化性が高いのは。